文永の役
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1274年
文永の役
1274年って何があったの?
1274年は文永の役がありました。いわゆる蒙古襲来です。モンゴルが日本に攻めてくるんです。
中国の歴代王朝である元が執権 北条時宗に"お前従え!"って言うんですけど、北条時宗が拒否したらモンゴルが怒って、九州を攻めてきたんです。
当時のモンゴル 集団戦法を使って日本の一騎打ちを苦しめるワケなんです。さらにモンゴルはてつはうを使って、日本の武士を苦しめるワケです。
集団戦法: 隊列を組んで組織的に戦う
一騎打ち戦法: 一対一を原則として決着をつける
その後モンゴル軍はモンゴルの人たちだけじゃなくて、朝鮮の人たちとか、中国の人たちも、兵隊さんでいましたので、内部分裂が起こってあまりうまくいかないんですね。なので撤退していきました。
その後モンゴルに対して"次来たらヤバイ!"ということで、異国警固番役、つまり見張り役を強化したり、防塁、つまり防波堤を作ったりして、次の襲来に備えました。
ひとりを集団でいじめるなんて。そんなの "人になし"。 みんなは、正々堂々と戦ってください。
1274年
文永の役
ひとになしよ
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歴検(世界史、日本史) 1級ホルダーのライター
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辺境で暮らす,歴検(世界史、日本史) 1級ホルダー
休日はたまに幼少から習っていたピアノを弾くことがある。
美味しいものを食べて,美味しいお酒を飲んで,気の置けない仲間との語らいが明日への活力になっている今日この頃。
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