悠久のひととき

第十四夜

手打うどん高砂たかさご ~きしめん

忘れられなかった、あの“きしめん”の話。

あれは、いつのラジオだっただろうか。番組名も、パーソナリティの声も、もう思い出せない。けれど、ある店主が語っていた“手打ちきしめん”への情熱だけは、なぜか妙に心に残っていた。――「一度、この人のきしめんを食べてみたい」――その思いは、ふとした拍子に何度も胸をよぎった。けれど、肝心のお店は名古屋市街の中心から少し離れた場所にあり、関東で暮らす私には、そう気軽に訪ねられる距離ではなかった。あれから数年。ようやく時間と心に余裕ができた私は、長年の夢だった“きしめんもうで”を果たすことになった。

「手打ちうどん 高砂たかさご」で出会った、理想の一杯。

名古屋駅から少し足を伸ばし、「手打ちうどん 高砂たかさご」に到着したのは平日の13時前。人気店と聞いていたので行列を覚悟していたが、拍子抜けするほどすんなりと入店できた。外観は、どこか懐かしさを感じさせる“ザ・街のうどん屋さん”。店内には座敷とテーブル席、そしてガラス越しに麺打ちの様子がのぞける作業スペース。ここがただのうどん屋ではなく、「本気の手打ち麺の店」であることが、すぐにわかる。メニューを開けば、味噌煮込みにカレー煮込み、鍋焼きうどん……予想を超える豊富なラインナップに、思わず目移りしそうになる。だが、今日だけは迷わない。注文するのは、あのラジオで店主が熱く語っていた一杯——冷たいきしめんだ。

シンプルなのに、心が震えた。

運ばれてきたきしめんは、一見とてもシンプル。透き通るような冷たいつゆに、端正に折り重なった麺が静かに浸っている。ひと口すすった瞬間——思わず声が漏れた。――「……うまい」――つるんとした喉越し、もちもちとした歯ごたえ。平打ちの麺は驚くほど均一で、手打ち麺にありがちな不揃いさはほとんどない。なのに、“しゅるしゅる”とすすったときの舌触りは実に心地よく、口の中でテンポよく踊る。具材も薬味も控えめ。麺とつゆだけの潔い構成。けれど、食べ終えた後にじんわりと広がる幸福感は、どんな豪華な料理にも引けを取らない。これだ。私がずっと探していた、あのきしめんは——。間違いなく、人生で一番の一杯だった。

「名古屋飛ばし」? もう無理かもしれない。

ああ、きしめんって、こんなに美味しかったんだ。「高砂たかさご」の冷やしきしめんが、それを教えてくれた。これはしばらく通ってしまいそうな予感がする。いや、むしろ“きしめんのために名古屋へ行く”という旅の形が、自分の中で確立されてしまったのかもしれない。「名古屋飛ばし」?——少なくとも、私の旅においては、もはやその選択肢はなくなった。
今宵のお店

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チャーリー Charlie
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まずうまい研究家。旅をこよなく愛し、旅を栖とする三十路過ぎです。
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