悠久のひととき

第十三夜

駕籠かご休み ~なす汁うどん

「不定休」──それには、ちゃんと理由がある。

その店は、さいたま市にある手打ちうどんの名店「駕籠かご休み」。ふらりと訪ねても閉まっていることがあるが、それにはきちんとした訳がある。店主やそこで働く人が自ら、片道50km離れた寄居よりい町まで、湧き水を汲みに行くためなのだ。湧き水の名は「大和やまと水」。この水で仕込んだつけ汁は、体にすっと染みわたるような優しさがある。胃腸に負担がまったくかからない。そんなつけ汁に、丹精込めて打たれた武蔵野むさしのうどんが合わさるのだから、美味くないわけがない。

田舎いなかっぺ」を超えた──駕籠かご休みのうどんたち

令和7年。所用でしばらく埼玉・さいたま市に通うことになった私は、いつもファミレスばかりでは味気ないと、噂のこの店を訪ねてみた。氷川ひかわ神社 の参道のそば。「駕籠かご休み」という風雅な名前のその店に、私はすっかり魅了されてしまった。武蔵野むさしのうどんといえば「田舎いなかっぺ」(第一夜)が絶対王者だと思っていたが、「駕籠かご休み」は、それをやすやすと飛び越えてしまった。

茄子なす、きのこ、そして肉──三種三様の旨味

通い詰めて、いろんなうどんを食べた。まず印象深かったのが、なす汁うどん。つけ汁に浸かっていながら、茄子なす瑞々みずみずしさが口いっぱいに広がる。甘みと旨味が際立っていて、茄子なすが主役だということを舌が教えてくれる。あっさり派には、この一杯がいちばんだろう。きのこ汁うどんも見逃せない。しめじと油揚げがごろっと入り、優しく上品な風味が広がる。そして定番の肉汁うどん。豚肉の旨味がつけ汁にじんわり染み出し、コクがあるのに後味はすっきり。舞茸天をトッピングすれば、香ばしさも加わって満足度は倍増だ。麺はふぞろいな手打ちで、舌に触れるたびに表情が違う。もちもち、ざらり、つるり。食感のバリエーションが楽しくて、つけ汁と一緒に口の中でおどる。

地元民の行動が、味の証明

初めて訪ねた日、店に着いたのは12時半。だが、すでに手打ちうどんは完売していた。残されていたのは豪麺ゴーメンのつけ麺だけ。こちらも美味だったが、やはり手打ち麺の人気はすさまじい。観察してみると、地元のサラリーマンたちは皆、11時台に昼食を済ませてしまうらしい。開店直後から列ができ、12時前には手打ち麺も天ぷらも売り切れてしまうことがしばしば。だが、それも納得。彼らはこの味を知っている。日々のランチが、この水と手間を惜しまないうどんであることを、私はうらやましく思った。このあたりの平均寿命は長いんじゃないか……そんな妄想すら浮かぶほどに、ここで食べるものは、体に優しい。

「食は感動」──うどん屋の哲学

店の壁に掲げられていた言葉がある。「食は感動、感動は生きる喜び」。これは店主・二代目巌鉄がんてつさんの直筆だという。その言葉の通り、ここで出されるうどんは、単なる食事ではない。丹精込めて打たれた麺、湧き水で仕込まれたつけ汁──ひとつひとつに、感動が宿やどっている。化学調味料や保存料に慣れすぎた現代人の身体と心に、そっと寄り添うような一杯。私はこのうどんを、「作品」と呼びたい。
今宵のお店

Instagram @kago.yasumi.udon

ポストする
シェアする
Post
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
このページの 著者 ライター もちもちざらりつるりライター 悠久のライター
チャーリー Charlie
CEO
まずうまい研究家。旅をこよなく愛し、旅を栖とする三十路過ぎです。
止まぬ漂泊の思いは永遠にめぐり続けます。

同じカテゴリーは  最高のひととき

チャーリーの千夜千店

麺や七彩 ~喜多方ラーメン、トウキビの冷やし麺、芹そば

第七夜 麺や七彩しちさい~喜多方きたかたラーメン、トウキビの冷やし麺、芹せりそば 東京・八丁堀はっちょうぼりで出会う、東北の魂 チャーリー Charlie 目 次 八丁堀はっちょうぼりで、喜多方きたかたに出会う 都内には

チャーリーの千夜千店

小布施堂えんとつ ~モンブラン朱雀

第六夜 小布施堂おぶせどう えんとつ〜モンブラン朱雀すざく 小布施堂おぶせどうえんとつの贅沢ぜいたく チャーリー Charlie 目 次 モンブラン朱雀すざくに出会う秋 「信州しんしゅうの小京都」とも称される長野県・小布

チャーリーの千夜千店

峠の茶屋 ~峠の力餅

第八夜 峠とうげの茶屋ちゃや ~峠とうげの力餅ちからもち 峠とうげ駅と力餅ちからもち──雪深き秘境で出会う、極上のこしあん大福 チャーリー Charlie “日本一好きな大福”は、山のなかにある 大福餅もちといえば、日本

チャーリーの千夜千店

きのこ汁 ~田舎っぺうどん

第一夜 きのこ汁~田舎いなかっぺうどん 埼玉のソウルフード、田舎いなかっぺうどんの「きのこ汁」 チャーリー Charlie 目 次 麦の香かおる故郷で、コシのある一杯を 埼玉県北西部、そして東京都西部の一部に根付く「武蔵

チャーリーの千夜千店

中華そば ひらこ屋 ~煮干し中華そば(あっさり)

第九夜 自家製麺 中華そば ひらこ屋 ~煮干し中華そば(あっさり) 煮干しの香りに誘われて──津軽つがる新城しんじょう「ひらこ屋」の中華そば チャーリー Charlie 青森、ラーメンの小さな聖地へ 青森を旅するなら、ぜ

チャーリーの千夜千店

駕籠休み ~なす汁うどん

第十三夜 駕籠かご休み ~なす汁うどん 「不定休」という名の、こだわり。──武蔵野むさしのうどん 駕籠かご休み チャーリー Charlie 「不定休」──それには、ちゃんと理由がある。 その店は、さいたま市にある手打ちう

他の記事も  おそらく  最高のひととき

カテゴリー

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール